陽風を感じて

harukaze wo kanjite - feel the sun and the wind

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PBPの心拍計データ

2007 09/24
(月)

PBP2007中に、心拍計(POLAR CS200cad)で測定したデータは次のとおり。

※オートモードで測定。Time=走行時間、HR(Av)=平均心拍数、HR(Mx)=最大心拍数、Spd=平均速度、Cad=平均ケイデンス、Dst=区間距離、Odo=累計距離。ハイフンは測定エラー。

■ 往路

NoTimeHR(Av)HR(Mx)SpdCadDstOdo
16:00:1012516723.189139.0139.0
23:47:51123-21.48681.6220.6
34:08:1912215621.48688.6309.2
42:26:1311815222.08853.7362.9
53:57:4611615421.48585.1448.0
63:44:4611715819.98474.8522.8
74:14:5511615023.28398.6621.4

■ 復路
NoTimeHR(Av)HR(Mx)SpdCadDstOdo
84:01:3011915720.78482.9704.3
94:12:3810515218.07676.2780.5
104:03:2611214821.08485.5866.0
112:21:4711814722.58653.4919.4
124:00:36117-21.98388.11007.5
134:04:41114-19.87980.81088.3
143:28:1611715521.58574.91163.2
153:15:0511315421.28469.11232.3


  1. Saint-Quentin-en-Yvelines ~ Mortagne-au-Perche

  2. ~ Villaines-la-Juhel

  3. ~ Fougères

  4. ~ Tinténiac

  5. ~ Loudéac

  6. ~ Carhaix-Plouguer

  7. ~ Brest

  8. ~ Carhaix-Plouguer

  9. ~ Loudéac

  10. ~ Tinténiac

  11. ~ Fougères

  12. ~ Villaines-la-Juhel

  13. ~ Mortagne-au-Perche

  14. ~ Dreux

  15. ~ Saint-Quentin-en-Yvelines


心拍数、速度、ケイデンス、すべてにおいて低いね・・・。まあ私の場合、この程度の負荷だから完走できた、とはいえると思う。もうちょっとがんばってペースを上げられたかもしれないが、とにかく1200kmという未知の距離を完走することが目標だったから。これまでの経験から「普通に走れば制限時間に間に合うはず」と思っていたので、速く走ろうという意識はなかった。

このところ長距離のトレーニングばかりしていたので、体力を温存して低負荷で走る体質がすっかり身についてしまった。上りでさえ平地とあまり変わらない心拍数で走っている。でも、来年はまたヒルクライムに挑戦してみたいと思っているし、ブルベにしたっていつまでも「完走が目標」じゃ進歩がないよね。これからは高負荷で走るトレーニングもしていかなければな~と思う。速筋と遅筋のバランスとかあるんだろうけど(たぶん今の私の筋肉は真っ赤っ赤? 笑)、できればロングライドできる持久力はそのままで、速く走れるようになりたい。

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PBP支出一覧

2007 09/23
(日)

PBP2007に関する主な出費は次のとおり。

■ 参加費・旅費(単位・円)

1PBPサポートパック(1次募集)代金147,500
2航空券・空港使用料など242,710
3PBP参加料金など35,600
小計425,810


  1. イギリスのバクスター社。650ポンドのところ10%のグループ割引で585ポンド(1ポンド=243円換算で142,500円)、予備費5,000円。

  2. 風の旅行社。航空券(エールフランス 成田空港~シャルル・ド・ゴール空港往復)188,000円、成田空港使用料2,040円、空港税等(フランス)4,970円、燃油特別付加運賃20,500円、荷物超過料金(自転車1台)27,200円(160ユーロ×169.77円)。

  3. PBP参加料金187ユーロ(8/20のディナー12ユーロ、DVD10ユーロ、公式ジャージ2枚60ユーロを含む。1ユーロ=165.4円換算で30,930円)、三井住友海上の海外旅行総合保険3,670円、予備費1,000円。



■ フランス旅行中(単位・ユーロ)

1PBP記念グッズ9.00
2PBP走行中の出費126.58
3PBP完走後のサンカンタンの昼食18.00
4フランス旅行中のその他の出費約200.00
小計353.58

小計353.58ユーロは、1ユーロ=160円換算で56,573円。

  1. 反射ベスト5ユーロ、ネックストラップ1.5ユーロ、ウエストポーチ2.5ユーロ。8/19にサンカンタンで購入。

  2. PCなどでの食費。1ユーロ=160円換算で20,253円。

  3. 1ユーロ=160円換算で2,880円。

  4. ホテル以外の食費、パリ観光(地下鉄1.5ユーロ×3回、エッフェル塔入場料など)、お土産代など。1ユーロ=160円換算で32,000円。



■ その他(単位・円)

1健康診断書作成17,000
2ABC空港宅配サービス6,200
3オダックス埼玉 PBP記念ジャージ8,500
4PBP2007勝手に応援隊オリジナルTシャツ4,100
5自宅~成田空港 電車賃(往復)2,290
小計38,090


  1. 横浜市スポーツ医科学センターのSPS(スポーツプログラムサービス)受診。

  2. 自宅~成田空港の自転車宅配サービス。行き3,300円、帰り2,900円。

  3. 1枚8,000円、送料500円。

  4. 1枚1,800円×2枚、送料500円。

  5. 行き1,280円、帰り1,010円。



すべて合計すると、約52万円。ここには日本から持っていった補給食や電池代は入っていない。スーツケース(ビックカメラで22,000円)も新調したし、そのほかPBPのために買った装備や雑貨などを含めるとさらにアップか・・・。あ、そういえば輪行ケース(19,740円)も買ったな。そういうもろもろを合わせて60万円というところか。高いような、安いような。

もちろん60万円という金額自体は大きいけど、あの経験を買ったと思えば決して高くはないような気もする。まあPBP参加費や食費などは当然かかるものとして、サポートパック代と航空券が高いよね~。これらは特に円安のときに払ったので、余計に高くなってしまった。

PBP走行中の出費が126.58ユーロ(約20,253円)というのは、こんなにかかったっけ? という感じ。すべて食費だが、PC1ヶ所あたり5ユーロくらいかな~と思っていたので・・・。まあPC以外にも有料の補給所を利用したし、仮に全部で20ヶ所だとすれば1ヶ所あたり6.3ユーロ。大体こんなものかな。

PBP2007レポ(10)

2007 09/22
(土)

(9)からつづく・・・

■ 8/24(金)

ホテルに戻ってから、何度か「激しい揺れ」に見舞われた。すわ地震か!? と思ったらそうじゃなくて、自分の脳(?)が揺れているのだった。長時間乗り物に乗っていると降りてからも乗っているような感覚が続くことがあるが、それの極端なやつ。この揺れは翌日まで続いた。

ベッドで横になりたかったが、翌日の午前中にはホテルを移動しないといけないので、今のうちに自転車を洗い輪行ケースにしまう。湿った臭いウェアもそのまま輪行ケースの中へ。洗濯できるのは帰国した数日後になるけど大丈夫かな・・・?

その日のホテルの夕食はシャンパン付きでちょっと豪華なもの。部屋割りが変わり、千葉のYさんと同室になった。23時頃就寝。

■ 8/25(土) パリ観光

6:30起床。Yさんに起こされるまで熟睡していた。7:30から朝食。9:30にバスに荷物を積み込み10:00に出発。



1時間ほどで、エッフェル塔が間近に見えるパリのホテル「Mercure Paris Suffren Tour Eiffel」に到着。同じMercureでも、Maurepasに比べるとかなり豪華だ。


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ホテルの前から見たエッフェル塔。上のほうが雲で隠れている。


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15:00まで自由行動。エッフェル塔の第1展望台まで上った後(最上の第3展望台までのチケットを買ったのだが、上り方がよくわからなかった)、セーヌ河沿いからモンテーニュ大通りを歩いてコンコルド広場まで行った。「セーヌ河沿いを歩く」っていうのが日本を発つ前のあこがれだったのだが、期待したほどではなかったかな。

エッフェル塔からアンヴァリッド方面を望む。統一された街並みが広がる。


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ダイアナ妃が交通事故に遭ったバイパスの上にある、アルマ広場の「自由の炎」像。花束がいくつも添えられていた。


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モンテーニュ大通り沿いのホテル「プラザ・アテネ」の前には高級車ばかりがずらりと並んでいた。大富豪(というか成金?)御用達のホテルなのだろうか。


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こんな車が何台も・・・。つい「コインで傷をつけたらどうなるだろう?」という危険な想像が(笑)。


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コンコルド広場のオベリスク。


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昼過ぎから日が差して青空が広がってきた。


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PBPの翌日からこんないい天気になるなんて・・・とちょっと恨めしかったが、逆にPBP中こんなに晴れたら日焼けやら熱中症やらで大変だったと思う。

ホテルにチェックイン後、再び自由行動に。疲れてあまり動き回りたくなかったが、せっかくフランスまで来てホテルで寝ているのももったいない・・・と思い、地下鉄を使ってノートルダム寺院まで行くことにした。


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途中のパリ市庁舎では閲兵式(?)みたいなことをやっていて、大勢の人が集まっていた。


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ノートルダム寺院はさすがに見事なものだった。中を見る時間はなかったが、こんな駆け足じゃなくていつかあらためて来ないとダメだな。凱旋門やルーヴル美術館も見られなかったし、2年後くらいにまた観光に来れるといいなあ。


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オペラ座近くのデパート「ギャラリー・ラファイエット」でお土産を買う。いつもなのかたまたまなのか、エスカレーターが1階おきに止まっているのは驚いた。節電のためなのだろうか? だったら仕方ないけど、筋肉痛の脚には辛い・・・。

夕食は地元の人たちが行く普通の店に行ってみたくて、ホテル近くのイタリアンのお店で生ビールとピザを食べた(21ユーロ)。店内は客がいっぱいで、にわかパリジャン気分を味わった。しかし後で気づいたが、フランスでイタリアンの店に行くことはなかったなあ。途中でアイス(3ユーロ)を買ってホテルへ戻る。この日の後半はできるだけ地下鉄を使ったが、歩いた距離も多くてすごく疲れた。

■ 8/26(日) 帰国

フランス最終日。6:20に起床(眠~い!)、7:00から朝食。ホテルのおいしくておかわりし放題の朝食が食べられなくなるのは残念だ。


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9:30にホテルを出発し、10:20にシャルル・ド・ゴール空港着。荷物を預けるために並んでいる最中、事件が起きた。

突然「不審物が発見されたので急いで退避しろ」との呼びかけがあり、全員フロアの端に退避させられた。小銃を持った兵士が来て、写真を撮ろうとする人を制止している(その前に1枚撮っちゃったけど・・・フランス軍に目をつけられると怖いので公開はしないでおこう・笑)。しばらくすると耳をふさぐように指示があり・・・ドカーン!! と爆破処理をする大きな音が響いた。うぉ~、怖ぇ~。平和ボケした日本とは違うなあ~。

その後は何事もなくチェックイン。


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免税店を覗いて時間を過ごし、エールフランス・AF276便に搭乗。今度は窓際の席で、行きの飛行機で隣だったOさんとまた隣になった。


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13:42離陸。窓の外を見ると、PBP中に何度も通り過ぎたような小さな町が点在している。あんなところを走ってきたんだなあ。なんだか自転車で走っているちっぽけな自分の姿が見えるような気がした。


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飛行機にペットボトルが持ち込めないので搭乗前にがぶ飲みしたら、やたらトイレに行きたくなって隣のお二人に迷惑をかけてしまった。食事の時間以外はほとんど眠っていた。


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日本時間の8/27(月)朝7:10、成田空港に着陸した。輪行ケースをABC空港宅配に預け、京成線~JR総武線に乗り換え~自宅の最寄り駅まで。午前中のうちに帰宅した。こうして12日間のPBPの旅が終わった。

【お知らせ】
PBP2007レポ(1)~(4)について、一部を除き拡大画像を掲載しました(画像クリックで拡大します)。(5)~(9)についても近日中に掲載します。

PBP2007レポ(9)

2007 09/17
(月)

(8)からつづく・・・

■ 8/23(木)~24(金) PC10~フィニッシュ


  • PC10: Tinténiac(タンテニアック) … 860.0km

  • PC11: Fougères(フジュール) … 916.5km

  • PC12: Villaines-la-Juhel(ビレイン・ラ・ジェル) … 1002.5km

  • PC13: Mortagne-au-Perche(モルターニュ・オ・ペルシェ) … 1084.5km

  • PC14: Dreux(ドルー) … 1158.5km

  • Finish: Saint-Quentin-en-Yvelines(サンカンタン・アン・イヴリーヌ) … 1227.0km




10:20頃、PC10・Tinténiac(タンテニアック)に到着(866.0km)。ここでは外のテーブルで桃を食べたことを覚えている。ベンチで少し寝ていこうかと思ったが、なぜかやめた。タンデムの自転車で挑戦している日本人ペア(たぶんご夫婦)が休んでいらっしゃるのを見かけた。

13:50頃、PC11・Fougères(フジュール)に到着(919.4km)。ここでの記憶はほとんどない。

たしかタンテニアックかフジュールを過ぎたあたりだと思う。不思議なことが起こった。それまで感じていた脚の疲れや筋肉痛が、嘘のようにまったくなくなってしまったのだ。「限界を超えた・・・!?」そんな言葉が頭に浮かぶ。上り坂でぐいぐい漕いでも全然平気。上りのたびに同じ人を何度も追い抜いたので(休んでいる間や下りでは逆に追い抜かれてしまう)、「またこいつか」という感じで失笑されてしまった。

実際には限界を超えたというより、感覚が麻痺しただけなのだろう(そんな突然回復するわけがない)。自己防衛本能が働いて、苦痛を感じる脚の神経から脳へのインプットが遮断されたのかもしれない。今後もし感覚が戻ってきたときのことを考えるとあまり調子には乗れないが、とにかく脚の疲れがなくなったことでとても楽になった。それにしても、人間には自分で思っている以上の不思議なパワーがあるものだ・・・。

もうひとつ。始終睡魔につきまとわれ、辛い辛いと思って走っていたが、見れば外国人でも道端で寝ている人がいる。また、そろそろ尻痛も気になってきたが、外国人でも尻を横にずらしてサドルに座っている人がいる。なんだ、辛いのは自分だけじゃない。みんな同じじゃないか! そう思うとすごく元気がわいてきた。いってみれば当たり前のことで、このときの気持ちをうまく表現できないが、自分にとっては大きな「発見」だった。

800km~900km台という、おそらく距離的には完走できるかできないかの分かれ目となるところでこのふたつの出来事があったおかげで、自分は完走できた・・・と思う。

途中、今まで通ってきたフランスの田舎町の中でも最高にいい雰囲気のところがあった。町の出口にある看板を見ると「LASSAY」と書いてある。いつかまた訪れたい、この地名は絶対に忘れないでおこうと繰り返し何度も頭に刻み込んだ。

19:00頃、PC12・Villaines-la-Juhel(ビレイン・ラ・ジェル)に到着(1007.5km)。


(画像クリックで拡大)


(画像クリックで拡大)


往路でもそうだったが、ここはかなりの賑わいだ。スピーカーからは男性アナウンサーの声が響き(おそらくこの電波のせいで、心拍計の表示が200を超えてしまったが)、音楽にあわせてダンスをしている人たちもいる。


(画像クリックで拡大)


食堂ではコーラとクロワッサン、パン・オ・ショコラを食べた。このパンがとてもおいしくて、「そういえばコーヒーも飲んでおかないと」とコーヒーを買うついでにパン・オ・ショコラをもうひとつ食べた。さすがフランスはパンが主食の国だけあって・・・かどうかはわからないけど、どこへ行ってもパンはおいしかった。

ちなみに、最初「ショコラ」と注文したら「ショコラは置いてない」と言われ、隣の人が「パン・オ・ショコラだろう」と助け船を出してくれた(全部フランス語なので「たぶんこう言っていただろう」ということだが)。たしかに「チョコレートパン」のことを「チョコレート」と言って注文するのと同じだなあ。ついでに書いておくと、PBP中何度もコーヒーを注文したので「カッフィ~」の発音だけはうまくなったと思う(笑)。

自転車のところへ戻り出発しようとすると、目の前にいた現地の人が前輪のあたりを指差してなにか言っている。見ると、そこに捨てていくつもりでさっき私が置いた眠眠打破の空きビンのことを指摘しているようだ。「忘れ物だよ」と教えてくれたのか「そんなところへ捨てていくなよ」と怒られたのかはわからないが、もし後者だとしたら厳しいね~。まあ、自分の街を汚されるほうの身になればわからないわけじゃないけど。

ビレイン・ラ・ジェルの街を抜けると、しばらく下り坂が続く。夕暮れ時の雰囲気も相まって、「自分はなんでこんな外国の道を走っているんだろう・・・」とあらためて不思議な気持ちがわいてくる。やがて夜が訪れ、ゆるやかに上る長い直線道路に入った。一緒に走るつもりで追い抜いた人は後ろに遠く離れてしまい、前にもはるか彼方にポツンと赤い光が見えるだけ。テールランプかどうか確信が持てない。真っ暗な道で1人きり。進路を示す矢印を見落としてしまったんじゃないかと不安になる。

それでもいつの間にか集団と一緒になった。長い真っ暗な道も終わり、ようやく前方に街の明かりが見えてくる。街で少しばかり休憩し、先へ進むと再び真っ暗な道に。

次のPCまであと数kmのあたりだろうか。突然、ハンドルにガタガタガタガタ! とものすごい震動が。ガタガタガタガタ!

「・・・ありえね~!!!」

信じられないほどの荒れた路面だ。暗くてよくわからないが、石畳の上のアスファルトがまだらにはげているような感じ。フランスの路面はあまりよくないと聞いていたが、今までは日本と大して変わりなかった。でもここの荒れ方は尋常じゃない。想像を絶する振動だ。PBPのコースなんだし舗装しなおせよ! と言いたくなるが、もしかするとPBP名物としてわざとそのままにしてあるのかもしれない。この路面がしばらく続いた。いや~、とにかくすごかった!

翌24日の0:30頃、PC13・Mortagne-au-Perche(モルターニュ・オ・ペルシェ)に到着(1088.3km)。このレポートには「○日」と書いているが、すでに今日は何日とかスタートから何日目とかいう感覚はなくなっている。

ここは何かのホールだろうか。体育館ではないようだがかなり広い。食事をした後、ホールの壁際に寝転んで1時間半ほど仮眠した。


(画像クリックで拡大)


自然に目が覚めて腕時計を見ると、アラームをセットした時刻を10分ほど過ぎている。うまくセットされていなかったようだ。寝過さなくてよかった。洗面所で歯を磨き、コーヒーを飲んで3:36に出発。たしかここでは霧雨が降っていたように記憶しているが・・・実際はどうだっただろう。「冷たい」という印象が残っている。

暗い山道に入る。数人で一緒に坂を上る。静寂の中、隣を走る人の息遣いが聞こえただろうか。薄くかかる霧に前照灯の白い光の筋だけが浮かび上がる。

いつしか集団になっていた。眠い眠い。道路脇になにか電気設備のようなものがあったので、その前に座って5分ほど仮眠。

真っ暗な道では自分が上っているのか下っているのかさえわからなくなる。奈落の底へ果てしなく落ちていくような感覚。集団とともにひたすら走り続ける。一体いつまで続くのだろう? 早くこの状況から逃れたい。再び眠気に耐えられなくなり、道路脇の民家のブロック塀(かな? フランスにしては珍しいような)の前に転がって5分ほど仮眠。

そこから少し進むと、大きな建物が集まって明かりのあるところがあった。そこでまた少し休憩する。とにかくこの眠気をなんとかしたい。今までの経験から明るくなれば眠気が覚めるはずだ。頼む、早く夜が明けてくれ。

やがてうっすらと周りの景色が見えはじめ、ようやく朝が訪れた。広い平原のようになっている。いつの間にかこんなところを走っていたのか・・・。思ったとおり明るくなると眠気もなくなり、脚が快調に回りはじめた(後でプロフィールマップを見るとゆるやかな下り坂なので、そのせいもあったのだろう)。一気にスピードアップ。それまで同じようなペースだった人たちを引き離して、次のPCに飛び込んだ。

7:30頃、PC14・Dreux(ドルー)に到着(1163.2km)。これが最後のPCだ。ついにここまでやってきた。


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ここも中はかなりの広さで、シャワー室も完備していた(すでに十分な時間の余裕があったのだから、中の写真も撮るべきだったなあ・・・)。パスタやスープを食べた。パスタを注文するときに「たくさんか、少しか?」と聞かれたのでしばし考えて「・・・middle.」と答えたら笑っていた。子供の頃にも親に同じことを聞かれて「中くらい」と答えたら笑われたのを思い出す。でも、たくさんでも少しでもなくて「中くらい」が欲しいときってあるよねえ(笑)。

食事の後、机にうつぶせになって少し寝てから出発。畑の中の道に入る。


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ここまでくればもう急ぐ必要はない。みなゆっくりとリラックスムードで走っている。


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しばらく走ると前方に小さな町が見えはじめ、そこを通り過ぎるとまた畑の中の道に・・・というのを繰り返す。こういうフランスの素敵な町ともあと少しでお別れだ。

来るゴールに備えて、みんなレインウェアや反射ベストを脱いで正装している感じ。私もレインウェア、反射ベストとスタートから着続けだった長袖ジャージを脱ぎ、PBP公式ジャージ姿になった。

やがて山道に入った。道幅といい勾配といい日本の山道によく似た雰囲気で、このPBPでは今までにはなかったタイプだ。いろんな地形を走ってもらおうという運営者側の心遣いだろうか。本当にいろんな道を走ってきた。

山道といっても都市に近いせいか、人家が多い。数人で応援していたオジサンの1人が、私のことを日本人と見て「ヤマモト~!」(モにアクセント)と声をかけてきた。後ろ手に「ちがうっちゅ~ねん」という感じで手を振ったら受けていた。フランス人に受けて嬉しかった(笑)。

いよいよサンカンタンの街へ入る。ゴールまであと少しなのに、信号が増えてなかなか前へ進めなくなった。


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上下お揃いのジャージでバッチリ決めた、金髪の若い女性が信号待ちで追いついてきた。かなり飛ばしているようだが、本気を出せばこっちのほうが速いくらいだぞ。なんとなく「こいつには負けたくない」という気持ちになり、ペースを上げた。その勢いで体育館前のロータリーに入り、ついにゴール! 大勢の観客の中にいた何人かの日本人の方が気づいてくれたようだ。

体育館の中で最後のチェックを受ける。下の写真はその瞬間。時刻は12:31、スタートから86時間41分だった(走行距離は1232.3km)。


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食堂(仮設のテント)へ行き、昼飯を食べる。実はもう少しでハンガーノックになるところだった。ビールはゴール時にもらった無料のチケットで、そのほかステーキ、ポテト、ハム、チーズ、フルーツポンチ、パン。


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レジの女性に「Are you Japanese?」と聞かれたので「Yes.」と答えると、少し日本語ができるようできれいな発音で「18ユーロです」と言われた。こちらも日本語で「ありがとう」とお礼を言う。しかし今考えると18ユーロ(約2,800円)って高いな! まあそれはともかく、1200km走ってきた直後にこれだけの食欲があることに自分でも驚いた。遠近感で小さく写ってしまっているが、ステーキも結構な大きさがある。

ゆっくり時間をかけてお腹いっぱい食べてから、1人ホテルへ戻る。スタート前にちゃんと道を覚えておかなかったツケであちこち迷いながら、なんとかホテルに辿りついた。

(10)につづく・・・

PBP2007レポ(8)

2007 09/16
(日)

(7)からつづく・・・

■ 8/22(水)~23(木) PC7~PC9


  • PC7: Brest(ブレスト) … 614.5km

  • PC8: Carhaix-Plouguer(カレ・プルーゲ) … 699.0km

  • PC9: Loudéac(ルデアック) … 775.0km




15:51にブレストを出発。実はこのあたりで、あまりのんびりはしていられない状況になっていた。ブレストのPCクローズ時刻は16:45。すでに1時間しか余裕がない。まあ到着時刻で考えればもう少し余裕があるのだが、今までのように写真撮影に時間をかけていてはダメだ。写真を撮っていたせいでタイムアウト、リタイヤしました・・・じゃバカだからな。

市街地を抜け、山中の上り坂(往路とは違う道)に入る。仲間同士数人で走っているグループが多く、そういうグループには「なんだこいつ」と思われてしまいそうでなかなか一緒に走りにくい。でも走るスピードはほとんど同じなので、ちょっとラインをずらして少しの間一緒に走り、追い越してはまた別のグループにつく・・・というのを繰り返す。


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上の写真はたまたま個人が集まったグループのようで、一番長く一緒に走った。といっても10分程度で、じきにばらけてしまったが・・・。こうして一緒に走っていても、他人には我関せずでマイペースを貫く人、積極的に先頭交代をしようとする人、遅れたらそれっきりの人などいろんなタイプがいて面白い。追い抜くとムキになって追い抜き返すけど、長続きせずに落ちていく・・・なんて人がいるのも日本と同じ(笑)。結局、外国人も日本人も同じだなあ。

1人で走っていると、腰をトップチューブに下ろした変な格好をして走る外国人がいた。おかしな奴がいるなあと思ったが、どうも私のサドルの低いポジションがおかしくて真似をしているらしい。ちくしょう、バカにしやがって・・・(笑)。そいつの自転車はフレームサイズも大きく、シートポストを思いっきり突き出している。たしかに全然違うポジションだ。

まあそいつも悪気があるわけじゃないようで、自分はどこそこから来たとか(たしかイタリアだったか・・・忘れてしまった)ロードレースを見ているかとか話しかけてきた。私はロードレースには詳しくないが、私でも知っている有名な選手の名前を何人も言ってきたので「They are very famous.」てな感じで答えておいた。

街を通り過ぎる。ここでは休まずに先へ進んだ。


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下の写真は途中で見かけた人。


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ポケットが付いた総メッシュのベストを着て、500mlのペットボトルやたくさんの食料を入れている。これは収納力があってよさそうだ(ジャージのポケットとあわせればさらに収納力アップ!)。日本でも売っていないかなあ? もっとも、私にはサイズが大きすぎそうだが・・・。

再び往路にも通った電波塔へ。ここまで長い上りが続いたが、あまり苦にはならなかった。


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休憩がてら、往路では道路の反対側だった景色の写真を撮る。しかし写真ではまったく景色のよさが伝わらないね・・・どうやって撮ればいいのだろう。


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ゆっくり写真を撮るのはここまでだ。後は走ることに専念しよう。

心拍数110台でちんたら走っていると、後ろからKさんがやってきた。「120以上で走らないと」と言って追い越していく。う~む、国内のブルベで力の差はわかっていたが、あらためてさすがだなあと感心する。Kさんは20人くらいの集団の先頭でぐんぐん引っ張っていく。

沿道ではときどき近くの住民(?)が応援している。小さな子供を連れたお母さんや、孫を連れたおじいさんなど。フランス人の子供はみんなとてもかわいい。ああいうのこそ写真に残しておきたかったな・・・。写真に関しては童話に出てくるようなかわいい民家の写真も1枚も撮ってこなかったし、各PCでの食事もすべて記録しておきたかったし、いろいろと心残りが多い。

20時少し前、PC8・Carhaix-Plouguer(カレ・プルーゲ)に到着(704.3km)。食堂では何人かの日本人の方に会った。往路にここでリタイヤしたという話や、事故でリタイヤした人がいるという話を聞く。

出発しようとしたところで雨が降ってきた。えっ、また雨かよ・・・。最初はにわか雨かと思ったが、やみそうにないので雨具をつけて走り出す。

ここから次のPCまでの記憶がまったくない。翌23日の深夜1:50頃、PC9・Loudéac(ルデアック)に到着した(780.5km)。

往路では食事がとれなかったが、今度は通過チェック後に食堂へ行ってみた。思いのほか広くてメニューも豊富なようだ。みな一様に疲れた表情で、並べた椅子や床で寝ている人もいる。多めの食事をとってからサポートバスへ。(バスが牽引している)トレーラーの中で寝ようと思ったのだが、すでに5人が寝ていて一杯だった。仕方なくバスの座席で仮眠。しかし、あまりよく眠れなかった。

冷たい雨が降る中、のろのろと準備をして5:41に出発。寒さ対策で長袖ジャージの下に半袖ジャージを着て、腹にはホッカイロを入れていく。

アップダウンの多い道。雨は激しさを増し、下りではブレーキが効かなくて怖い。真っ暗な道。小魚が群れを作って互いに守りあうように、自然と大きな集団が形成される。運営側も危険な状況だと認識しているのか、見回りをしているらしい大型スクーターや車が走っている。集団の後ろからライトで照らしてくれたりする。

猛烈な睡魔で意識を失いそうになる。集団から離れるわけにはいかないが、逆にこの状態で集団の中にいたら危険だ。どうせ後からまた集団がやってくる。何軒か民家が集まって明かりのあるところがあったので、自転車を停めて立ち尽くす。少し離れた民家の庭から声をかけてくれる住民がいたが、話してどうなるものでもないので(言葉も通じないし)知らんぷりをした。スタッフが乗っているらしき車もこちらの様子をうかがう感じでしばらく停まっていたが、やがて走り去っていった。

この前後の記憶もはっきりしないが(もしかしてこの区間じゃなかった!? いや、前後の関係から考えるとたぶんここだ・・・)、今回のPBPの全行程中で最も辛い区間だったと思う。

夜が明けた7:30頃、往路では現地の人と一緒に写真を撮ったあたりだろうか? シークレットポイントがあった。


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ここでは1人の日本人の方と一緒になり、少し話をした。あまり自覚していなかったが、後から聞くとかなり辛そうな様子だったらしい(まあ、あの状況下ではね~)。ホッカイロはさすがに熱すぎたのでここで捨てた。

ここからの記憶もまったくないが、なぜか途中の私設補給所(有料)で何枚か写真を撮っているので載せておく(こういうところを撮るならPCの中とかもしっかり撮っておけよな・・・)。ベンチの手前に自分のヘルメットとコーヒーが写っている。


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(9)につづく・・・

PBP2007レポ(7)

2007 09/15
(土)

(6)からつづく・・・

■ 8/22(水) PC5~PC7


  • PC5: Loudéac(ルデアック) … 449.5km

  • PC6: Carhaix-Plouguer(カレ・プルーゲ) … 525.5km

  • PC7: Brest(ブレスト) … 614.5km




サポートバスでは2時間くらい寝たのだろうか。3時少し前に起きた。アンダーウェアやレーパン、靴下は乾いたものに着替えたが、長袖ジャージは1着しか持ってこなかったのでスタートから着ていたものを再び身に着ける。一応、寝ている間に座席の背もたれにかけておいたのだが、あまり乾いていない。濡れた服を着て出発するのは何とも気が滅入るが、最近の素材はよくできていてあまり冷たさは感じなかった。それでも外は寒そうなので、念のためホッカイロをお腹に入れていく。

バスの急な階段を降りるとき、両ひざの皿の下部にかなりの違和感を感じた。この先大丈夫だろうか・・・。バスの周囲は「シーン」という音が聞こえてきそうな一種独特の空気に包まれていた。持参したフロアポンプで空気を入れ、雨具を身につけて3:49に走り出した。

街を抜け暗い道に入ると、遠くにぽつんと赤いテールランプが見える。周りの様子はよくわからないが山道を走っているようだ。ときどき建物があるところを過ぎたような気もするが、はっきりは覚えていない。だんだん眠気が押し寄せてくる。1時間半ほど走った5:20頃、大きな補給所が現れた。


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ここの記憶もはっきりしないが、コーヒーとなにかを食べたと思う(ルデアックで食事をとらなかったので、ここでちゃんと食べようと思ったはずだが・・・)。

8:20頃、PC6・Carhaix-Plouguer(カレ・プルーゲ)に到着した(522.8km)。ここは高校か大学の建物だろうか。グラウンドのわきに自転車を停める。通過チェックを受けてから食堂に入るとスタート前のサンカンタンのディナー会場のような感じで、パスタや副菜などいろんなものを選べるようだが、そのかわり行列ができていて少し待たされた。珍しく生野菜(輪切りのトマト)があったのでそれを取る。


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上の写真を見ると少ししか食べなかったようだが・・・あまりお腹が空いていなかったのかな。


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食べた後、机に突っ伏して10分ほど眠ってから出発。PBPをスタートして初めてだろうか、陽が差してきた。太陽の光を浴びて、くっきりとした影が見られるのはやっぱり嬉しい。


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やがて長い上りが始まる。PBP名物(?)の高い鉄塔が見えてきた。


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実はここへ来るまでにも1ヶ所、似たような鉄塔があった。たぶんルデアックとカレ・プルーゲの間だったと思うが、写真も撮らなかったのでちょっとはっきりしない。


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この鉄塔は電波塔だろうか、下部には放送局っぽいコンクリート造りの建物があった。このあたりは小高い山になっており、左手には広い大地が一望にできてとても見晴らしがいい。20km弱上ってピークに到着(プロフィールマップによると標高は約350m)。山の頂上付近を見上げると珍しく岩肌がむき出しになっている。ここの地形は火山活動で作られたのかもしれない。全部適当な想像だけどね・・・。

ピークからは右手側の景色も一望にできた。こんもりした木々の間に牧草地や街、教会の尖塔が見える。しかし写真だとあの雄大さがまったく伝わらないね・・・。


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上った後はダウンヒル。しばらく下るとアップダウンが繰り返す道になる。途中、道路脇の駐車場のようになっているところで休憩し、軽く補給食を食べた。


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13:30頃、突然視界に海が飛び込んできた。おお~、ブレスト湾だ! ついに半分やってきた。


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停まって写真を撮っていると外国人に写真を頼まれ、代わりに自分も撮ってもらった。強烈な風が吹く長い橋を渡る。湾の内側には小さなヨットがたくさん浮かび、いかにもヨーロッパの港町風のたたずまいだ。街中に入ると車も多く、久しぶりに都会にやってきた感じ。

14:00頃、折り返し地点のPC7・Brest(ブレスト)に到着(621.4km)。


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体育館の中はたくさんの人で賑わっていた。食事を販売しているところにも行列ができていたが、思ったほど待たずに買うことができた。


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ここではドリンクを1種類タダでもらえると言われ、最初ミネラルウォーターをもらった。続けてコーラを買おうとしたところ、スタッフの人が気を利かせてミネラルウォーターよりも高いコーラのほうをタダにしてくれた。ちょっとしたことだけど有難かった。

食事の後、体育館の後ろにあったマットでほかの日本人の方数人と一緒に30分仮眠。靴も靴下もジャージも脱ぎ、久しぶりに開放感を味わった。狭いサポートバスの中よりもずっと気持ちよく休めたかもしれない。


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ひざの違和感はいつの間にかなくなっていた。この先も心配なさそうだ。今まで走っているうちに悪化することはあってもよくなることはなかったので、本当に助かった。睡眠不足なのを除けば食欲もあるし、意外に元気。今のところは順調だ。



記念に写真を撮ってもらう。「BREST」って書いてあるんだけど・・・う~ん、Bが隠れて「REST」になってしまったよぉ~(苦笑)。ここには1時間半ほど滞在した。さあ、復路に出発しよう。

(8)につづく・・・

PBP2007レポ(6)

2007 09/09
(日)

(5)からつづく・・・

■ 8/21(火) PC2~PC5


  • PC2: Villaines-la-Juhel(ビレイン・ラ・ジェル) … 222.0km

  • PC3: Fougères(フジュール) … 310.0km

  • PC4: Tinténiac(タンテニアック) … 364.5km

  • PC5: Loudéac(ルデアック) … 449.5km




PC2のビレイン・ラ・ジェルをポンプの方とほぼ同時に出発したが、お互い「マイペースで行きましょう」ということで一緒には走らなかった。しばらくは外国人の集団にまじったり、単独になったりしながらの走行が続いた。

昼の11時過ぎ、眠くてたまらず道路から少し離れたところにある木の根元に座って目をつむる。できれば芝生に横になりたいところだが、雨で芝生が濡れていてそうはいかなかった。


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静けさの中、間隔を置いて自転車が通り過ぎていく。数千人の集団も次第にばらけてきたようだ。


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10分ほどで出発。うとうとするまでにも至らなかったが、頭と体を休めるだけで多少は眠気が覚めた。

14時少し前、PC3・Fougères(フジュール)に到着した(309.2km)。体育館の中は大きく2つに仕切られており、一方が通過チェック、もう一方が食事のスペースになっている。


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天井からはいろんな旗が下がっていた。白黒のアメリカ国旗みたいなのがこの地方の旗のようで、これは復路で気づいたのだが別のPCの売店ではこのマークをデザインしたジャージも売っていた。荷物になるので買うのはあきらめたけど、後から考えれば重ね着するか、ポケットに入ったかもしれないなあ。


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大人にまじって働いていた小学生くらいの少年に、サンドイッチとコーヒーを注文した。


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サンドイッチは長いフランスパンの半分に、スライスしたハムとチーズが挟まっている。別のPCではコンビーフを挟んだものもあった。サンドイッチというと薄切りのパンで作ったものという思い込みがあり、これを「サンドイッチ」と言って注文するのはちょっと抵抗があった(もしかすると、日本でも珍しくないものかもしれないが)。具はシンプルだし、最初は「固いフランスパンのサンドイッチなんて・・・」と思ったが、これが結構おいしくて次からのPCでも置いてあるところではほとんど欠かさず食べた。


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40分ほど滞在して外へ出た。相変わらずの降ったりやんだりの天気の中を出発する。

ここから次のPCまでは50kmあまりで、今回のPBP中最も短い区間。はっきりとは覚えていないが、前後の関係から思い出すと見晴らしのいい牧草地帯ではなく、わりと日本に似た雰囲気の、雑木林の中の細い道を通ってきたのがここだったんじゃないかな。一時的に脚の調子がよくて、ほかの人を追い越しながら快調に走った区間だった。

17時頃、PC4・Tinténiac(タンテニアック)に到着した(362.9km)。


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屋外に設けられた食堂では例によってフランスパンのサンドイッチや、お菓子、果物、コーヒーやコカコーラといった各種の飲み物などいろんなものを売っていた。ここではポンプの方とAJ神奈川のKさんと一緒になり、テーブルで食事をしながら「PC間を休まずに走ってます?」「80kmの区間は中間あたりで休んでます・・・」みたいな話をした。だいたいどのPC間でも、ちょうど中間あたりに飲み物や食べ物をふるまってくれているところがあり(個人でやっていたり地域でやっていたりするのだろうか)、それがちょうどいい休憩のタイミングになった。

PC4~PC5の間でも、ちょうど中間地点にそういうところがあった。たぶんこの辺に住んでいるのだろうオジサン・オバサンたちが前を通る参加者に「カッフィ~」などと声をかけている。なぜか寄っていく参加者は意外に少ないようだが、図々しい私はコーヒーとパウンドケーキひと切れを有難く頂戴した。写真を撮ろうとカメラを向けると「一緒に写らないか」という感じで逆に写真を撮ってもらった。



親しげなオジサンに思わずもらい笑い。現地の人たちもみんな楽しんでいるんだなあ。言葉はほとんど通じなかったが、ジャポネ(日本人か)? 飛行機で来たのか? などと聞かれたようだ。パリなどの有名な観光地には日本人がたくさんいるけど、こういうところでは珍しいのかもしれない。


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区画整理されたような畑か牧草地の中の道をしばらく進み、街を通過する。


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すべての街の中心にこうして教会があり、「次の街の教会はどんな建物だろう?」と通るのが楽しみだった。なかには2つの街でコピーしたようにまったく同じ教会があるところもあった。あれはどういうことなのかな。

サンカンタンをスタートしてから24時間。日が暮れた22時頃にようやくサポートバスが待つPC5・Loudéac(ルデアック)に到着した(448.0km)。しかしそれからが大変だった。

PCの広い敷地内に入ると柵でコースが作ってあり、鈴なりになったたくさんの観客が拍手で迎えてくれた。その中で1人、日本人の方が「お疲れ様~!」と声をかけてくれた。おそらくサポート隊を買って出てくれた、どなたかの奥さんだろう。後になって思えばそこでバスの場所を聞けばよかったのに、疲労で頭が働かずそのまま通り過ぎてしまった(これがそもそもの失敗だった)。

駐輪場に自転車を停め、建物の中へ入って通過チェックを受ける。事前に「掲示板にバスの場所を張り出しておく」と聞いていたのだが、オダックス埼玉の掲示はあるものの自分が参加しているサポートパックの掲示は見当たらない。

まあ、この施設の駐車場にバスが停まっているんだろう、すぐに見つけられるだろうと思い、自転車に戻ってライト等を取り外し、それを入れた袋を提げて近くを歩き回ってみる。しかしバスが停まっているような駐車場はどこにも見当たらない。さっきの日本人の方に聞いてみようと思っても、どこかへ移動してしまったのか何度探しても見つからない。ほかの日本人参加者にもまったく出会わない。ああ、一刻も早く休みたいのに無駄な時間が過ぎていくばかりだ。

さっき通過チェックをした部屋にもう一度行ってみると、入口のドアにサポートパックのバスの場所を書いた紙が貼ってあるのに気づいた。なるほど、ここなら必ず通る場所だが掲示板に貼ってあると思い込んでいたのと、とにかく疲れていたので(あるいはネックポーチからブルベカードを取り出すために下を向いていたか)最初は見逃してしまったのだ。そして書いてあるバスまでの行き方もなにやら複雑で、とても疲れた頭では理解できない。

とにかく探してみることにして自転車で走り出す。何度も行ったり来たりしてみるが、バスはどこにも見当たらない。ああ、一体どこにいるんだ。そうこうしているうちに、ハンドルから提げていたライトとかが入った袋を「ガッガッ」と前輪に巻き込んでしまった。あ~もう! 貴重な時間がどんどん失われていく。

PCに戻ってくるとようやく日本人の方がいて「お疲れ様~!」と声をかけてくれる。違うよ、今着いたんじゃなくてさっきからずっとバスを探しているんだよ! とカチンと来たが、ここで怒るのは我ながら筋違いってもんだろう。あらためて行き方を説明してもらい、PCから1kmくらい離れたところにようやくバスを見つけた。まさかこんなに離れていたなんて・・・。もしサポートの方がいなければ、自力で見つけるのは絶対不可能だった。時刻は0時、ルデアックに着いてからバスを見つけるまでに2時間もかかってしまった。

結局まだ食事もとっていない。アルファ米をドロップバッグに入れてあったが、何時間もかけて作れるはずもない。とにかく早く寝なくては。バスの座席で濡れた服を着替え、腕時計のアラームをセットしてシュラフにもぐり込んだ。

(7)につづく・・・

イベント2つ申し込み

2007 09/05
(水)

PBPレポの途中だが、別の話題で。
自転車のイベントに2つ申し込んだ。

ひとつは10/7(日)の「グランフォンド糸魚川」。おととし第1回に参加して、これが2度目だ(去年は不参加だった)。エイドでおいしいものを食べるのが楽しみ! 実際に申し込んだのは7月で、しばらくして登録受理のはがきが届いたのだが、そこに「今年はコースを一部変更し、120kmが130kmに充実されました」と書いてあるのを読んで一瞬「えっ、増えるの!?」と思ってしまった。ブルベで何百kmも走るくせに、10km増えて驚くなんておかしいよねえ(笑)。

もうひとつは10/13(土)~14(日)の「2007Mt.FUJIエコ・サイクリング」。富士山を中心にぐるっと100km走るイベントで、富士山周辺の清掃活動がセットになっている。富士山の清掃は野口健さんの活動などで興味を持っていたが、それだけのボランティア活動に参加するのはちょっと抵抗があった。でも自転車のイベントのついでなら参加しやすいし、自然に関するボランティア入門としてもいいかもしれない。

どちらも自宅から直行できる距離ではないので、宿を探さなければいけない。これが結構面倒だ。あとは坂上りの練習も少しはしておかないと・・・。PBP以降は日曜に一度(約50km)走っただけだが、サボっていると衰えるのはあっという間だからな。そして言うまでもなく、「雨降るなよ~!!」。

PBP2007レポ(5)

2007 09/04
(火)

(4)からつづく・・・

■ 8/21(火) スタート~PC2


  • Start: Saint-Quentin-en-Yvelines(サンカンタン・アン・イヴリーヌ)

  • PC1: Mortagne-au-Perche(モルターニュ・オ・ペルシェ) … 144.0km

  • PC2: Villaines-la-Juhel(ビレイン・ラ・ジェル) … 222.0km
    ※上記の距離は公式発表、本文中の距離は実際の走行距離。




沿道の観客の声援を受けて走り出す。スタート直後は混雑して片足しかクリートをはめられないような状態だったが、まもなく流れが良くなった。一緒にスタートを待っていた日本人のMさんとはすぐにはぐれてしまった。しばらくは2日前の試走でなんとなく覚えがあるような道を進む。

雨のせいか、道端では早くもパンク修理をしている人がちらほらいる。集団にまじって走っていると、日本人のFさんともう1人の方に追いついた(いや、追い越されたのかな)。2人は少しずつほかの集団を追い越していく。私にはちょっと速すぎるペースなので、少し距離をあけて追走する。

しばらくすると2人に追いつき、一言二言声を交わした。そのすぐ後、2時間あまり走った57km地点で、後輪の振動ががたがたと大きくなった。路面が悪いからだろうか、そうであってくれ・・・と願ったが、やっぱりそうではないようだ。自転車を降りて確認してみると空気が半分ほど抜けている。パンクか・・・。2年前のグランフォンド糸魚川で、スタートしてすぐにパンクしたことを思い出す。まったく、なんでいつもこうなるんだ。

建物の前の街灯が照らす歩道で修理を始める。雨で濡れたタイヤには砂が付き、リムはブレーキシューの黒い削りカスでたっぷりと汚れている。こんな状況で修理をしたらなおさらパンクの種を仕込んでしまわないか心配だ。一旦タイヤを外し、タイヤとチューブを何度か調べてみるがパンクした箇所が見つからない。もしかしたら自然に空気が抜けただけかも・・・と都合よく考え、せっかく外したタイヤをはめて空気を入れてみると「ジュブジュブ・・・」と空気の抜ける音。ちょうど濡れた路面に当たっている部分に2mmほどの穴があき、チューブまで貫通していた。

再びタイヤを外して新しいチューブに交換する。目の前を10~20人くらいの集団と、ばらけて1人になった人が数人ずつ、交互に通り過ぎていく。ときどき「大丈夫かい?」と(外国語だけど)声をかけてくれる人がいる。いつも携帯しているTOPEAKの「マイクロ ロケット CB マスターブラスター」でしつこく空気を入れたが、やはり完全には入らなかった(先日ブログでコメントをいただいたとおりだ)。このポンプは圧力が弱いので、続けてポンピングしているときはまだいいが、途中でやめてもう一度入れようとしたときにものすごく力がいる。そこで一旦少し空気を抜けばいいのだろうが、「三歩進んで二歩下がる」じゃあるまいしあまり時間をかけてもいられない。結局、修理開始から30分ほどでひとまずOKとして走り出した。

行く先には延々と赤いテールランプが続いている。1人では心細いので少しペースを上げて集団に追いついた。そんな調子でいくつかの列車を乗り継いでいく。

深夜1:20、どこかで写真を見たことのある、屋根の上に自転車のあるお店があった。


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看板には「BOULANGERIE - PATISSERIE」と書いてある。PATISSERIEは最近日本でもよく見かけるようになったお菓子屋で、BOULANGERIEはパン屋のことだそうだ。


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水やコーヒーをふるまってくれているようだが、混雑していたので写真だけ撮って通り過ぎようとすると、昨日人権体育館で声をかけてくださった日本人の方がいた。とっさに「ちゃんとしたポンプを持っていたら貸してくれませんか?」とお願いし、ゲージ付きのTOPEAKの「ロード モーフ G」(たぶん)を貸してもらう。さすがにこれは空気を入れやすく、8BAR近くまで入れることができた。本当に助かったが、こんなふうに人に頼ってしまうとは・・・。これからは荒川河川敷ならともかく、ブルベ本番ではもっとしっかりしたポンプを持とうと思った。

4:23、最初のPCのMortagne-au-Perche(モルターニュ・オ・ペルシェ)に到着した(スタートからの走行距離:139.0km※。以下同じ)。

※走行距離はPOLARのCS200cadで計測した値。CATEYEのCC-MC100Wに比べるとわずかに(1%ほど?)少なめに計測されるようだ。

なにやら大きな建物の前の広場に屋台が出て、食事を提供しているようだ(ここは通過チェックはなく食事のみ。なので正確にはPCではない)。雨を避けて建物の陰に逃げ込む。といっても屋根のある軒下は先客でいっぱいなので、ただ壁際に立っているだけ。ほとんど雨は避けられない。早くも大変な状況になってきた。

長い行列ができている屋台は利用せず、ジャージのポケットに入れてきた野菜サンドを食べる。スタートからここまで眠かった。最初のうちはそうでもなかったが、結構坂がきつかった。両脚ともひざ下に少し違和感がある。このところ長距離を走ると現れる、つっかえ棒が入ったような感覚だ。

ろくに休憩もできず、20分ほどで出発。・・・と、走り出してすぐに体育館のような建物があり、大勢の参加者が集まっている。あれっ、またPC? 今度はチェックがあるの? 初めてのPBPということもあり不安になってしまったが、どうやらさっきの広場はPCではなくこちらが本物のようだ。日本人の方に聞いたところチェックはないということなので、中には入らずすぐに出発した。

7時近くになってようやく空が白み始め、辺りの景色が見えてきた。広い牧草地の中、ゆるやかなアップダウンを繰り返す道を車列が続いている。


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やがて街の中へ。この頃には雨はやんでいたようだ。


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2つ目のPCがある街に入った。さっきポンプを貸していただいた方と一緒になり、「PCは混んでいそうだから」と少し手前にあるパン屋で補給することにした。


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クロワッサン、菓子パン、缶ジュースで3.02ユーロ。ポンプの方(お名前を聞いたのに忘れてしまった! 以下「ポンプの方」と呼ばせていただきます・・・)が外国人から長いフランスパンを半分わけてもらい、さらにそれを半分もらった。そのフランスパンと菓子パンを半分、今後の補給食として取っておく。


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9:05、PC2・Villaines-la-Juhel(ビレイン・ラ・ジェル)に到着(220.6km)。すでにたくさんの参加者と現地の人で混雑している。エアゲートが作られ賑やかな歓迎ムードだ。


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磁気カードをチェックしてブルベカードにスタンプを押し、サインを記入してもらう。室内に入ったらカメラのレンズが曇ってしまった。


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ここではポンプの方とツーショットでカメラマンに写真を撮ってもらった。ウェブサイトで写真が見られる、と言っていたが、はてどこのサイトだろうか?

重厚な構えの教会が。


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ポンプの方が水はどこにあるか現地の人に聞いてくれたが、教えてもらったのは屋外の流しにある水道だった。まあいいかということで、ボトルに水道水を補給する。この後、何度も水道水を利用したがお腹をこわすようなことはなかった。

(6)につづく・・・

PBP2007レポ(4)

2007 09/02
(日)

(3)からつづく・・・

■ 8/20(月) PBPスタート

ようやく時差に慣れてきたのか、4時半まで目が覚めずに眠れた。その後はいつものように半分意識のある状態で、少し遅めに7:20起床。外は曇り空で路面が濡れている。

いよいよPBP1200kmスタートの日だが、あまり実感がわいてこない。平常心といえば聞こえはいいが、もうちょっとなにか気持ちの高ぶりがあってもいいような気もするのだが。テレビの天気予報は曇りか雨の予報。

朝食後、荷物を整理して9:30にドロップバッグをサポートバスに預ける。PBPに備えてできるだけ寝だめをしておきたいので、昼まで部屋で仮眠。1人でスーパーへ行き、ドーナツ4個セットとヨーグルトドリンクを買って昼食にする。PBP中の補給食として大ぶりの野菜サンドのようなものも買った。その後またしばらく仮眠。熟睡できるわけではないが、頭と体をできるだけ休めておく。

今日は防寒を優先して長袖ジャージを着ていくことにした。オダックス埼玉のPBP記念ジャージをはじめ、せっかくいろんな半袖ジャージを持ってきたのに、一番ダサいグレーの長袖ジャージを着なければならないのは残念だ。ホテルをチェックアウトし、16:00頃に3人でサンカンタンへ向けて出発。空は雲の合間から青空が見えて日も差している。


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スタート地点の人権体育館から1kmほど離れたディナー会場に到着。


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食堂内ではすでに80時間のカテゴリー(20:00スタート)の参加者と、VIPの人たち(各国のオダックス関係者だろうか)のディナーが行われている。90時間のカテゴリー(21:30スタート)のディナー開始は18:30の予定なのでまだだいぶ時間があるが、「できるだけ早くディナーを済ませてスタート地点に並んだほうがいい」という前回参加者のIさんのアドバイスにしたがって日本人グループが先頭で開場を待つ。


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やがて各国参加者の長い行列ができた。



予定より早く、17時少し前に入場開始。ディナーは前菜、メインなどを数種類の中から1品ずつ選ぶスタイルで味は可もなく不可もなくだが、ボリュームは多かった。例によってデザートには「パリ・ブレスト」も。


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参加者が非常に多いため入場制限をしているのか、ディナーを終えて食堂を出てくると外にはまだ長い行列が続いていた。

スタート地点へ移動し、18:50頃から体育館近くの列に並び始める。ここで約1時間待たされた。その間テレビカメラの取材を受ける日本人もいた。19:50、ようやく列が動き始める。地下道を通って体育館の敷地内へ。20時過ぎ、花火と歓声があがる。80時間の組がスタートしたようだ。


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グラウンド周囲のトラックに並ぶ。



1200km走るという緊張感や興奮はほとんどない。でもこれから3日と18時間の旅が始まるんだ。検車を受けて先へ進む。

20:50頃、ついに小雨が降り出した。皆がウィンドブレーカーやレインウェアを着始める。私もレインウェアとレインシューズカバーを着る。国内のブルベやOver1000kmチャレンジではさんざん雨にたたられたが、結局PBPでもこれか・・・。

反射ベストを着た数千人の参加者の列はさすがに壮観だ。


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日が暮れてきた。21:10、ブルベカードにスタンプを押してもらい、体育館の敷地の外へ出てスタートを待つ。ブルベカードには21:50の記載がされ、標準のスタート時刻は21:30だが私は21:50のグループになったようだ(参加人数が多いため、いくつかのグループにわかれてスタートする)。前の組がスタートしたのか、ときおり花火が打ち上げられ歓声が聞こえてくる。


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ようやく気持ちが高ぶってきた。そしてバチッ、バチッとクリートをはめる音がして私のグループがゆっくりと前進を始めた。さあ、いよいよ1200kmのスタートだ!

(5)につづく・・・

PBP2007レポ(3)

2007 09/01
(土)

(2)からつづく・・・

■ 8/19(日) PBP1日前・検車日

まだ時差ボケが直っていないのか今日も夜中の2時頃に目が覚め、それからは半分意識があるような状態だった。明け方になると雨音が聞こえてきた。6:30起床。外を見ると水たまりに大きな波紋が次々と広がり、窓を開けるとザーザーと激しい音を立てて雨が降っている。

今日は検車のためサンカンタンの人権体育館へ行く。雨は仕方ないがパンクが心配だ。持ってきたチューブを本番前に使ってしまいたくない。

7:30から朝食。テーブルにはナイフだけが用意され、スプーンとフォークがなかった。どうも黒人女性が1人だけでウェイトレスをやっていて手が回らないようだ。初日に時間どおり部屋に入れなかったり夕食が用意されていなかったことも含め、3つ星ホテルにしてはちょっとね~!?

検車の時刻は人によって9:30、9:45、10:00などと何通りかあり、その時刻ごとにまとまって行くことになった。1人では道がわからないので有難い。私は9:45検車組で8:45に集合・出発。

ホテル前を出発しようとしたところで、前回のPBPにも80時間のカテゴリーで参加・完走されたIさんの自転車のチェーンがチェーンステーとフロントギアの間に噛み込んでしまった。カーボンのステーに深く食い込んでいてそのままでは外れず、ギア板を外して修理。ステーにかなり傷がついてしまったようだが大丈夫だろうか。

雨は一旦あがった。リカンベントのSさんの先導で昨日のN10とは違うルートを行く。少し遠回りになるが走りやすい道だった(しかしまた道を覚えられなかった)。

9:35頃、体育館に到着。検車場へと通じる地下道で、事前にメールで送られてきた参加状と自転車のフレームに小さなナンバーラベルを貼ってもらう(退場する際は、参加状とフレームのナンバーを突き合わせて自転車の持ち主であることを確認していた)。



本来ならこのラベルは検車をしてから貼られるもののはずだが、ほかの方の話によるとなぜか今日は検車はしないそうだ。そのまま自転車を押して進み、体育館横のグラウンドへ出る。グラウンドの周囲にはたくさんの参加者の自転車が停められていた。


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我々も自転車を停め、手続きをするため体育館の中へ。わりと小さめの体育館は世界中の参加者であふれていた。


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国ごとにわかれた受付テーブルに並び、パスポートと参加状を提示してナンバープレート、ブルベカードなど一式を受け取る。



最後にスタッフの方がしっかりと握手をしてくれた。事前に注文してあったPBP記念ジャージを受け取り、ボトルをもらって体育館を出る。

その後、体育館前で日本人参加者ほぼ全員で記念撮影(撮影するのも参加者で、来ていない人もいたので完全に全員ではない)。約100名という集団は予想以上に壮観で、外国人やテレビカメラも珍しがって撮影をしていた。



体育館前ではPBPのロゴが入った反射ベスト(5ユーロ)やネックストラップ(1.5ユーロ)、ウエストポーチ(2.5ユーロ)などを販売しており、記念に購入した。

また雨が降ってきた。行きの飛行機で隣だったOさんに先導してもらい、12時頃にホテルへ戻る。ホテル~体育館往復で走行距離は約26.3km。

今日もらったものは下の写真のとおり。


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自転車のフレームと正面に付けるナンバープレート2種、取り付け用のタイラップ(5本)、ヘルメットに貼るナンバーラベル、PCでのチェック用の磁気カード、ブルベカード、2007年のSR(シューペル・ランドヌール)メダル、おまけの方位磁石、明日のディナーのチケット。

部屋へ戻って濡れたものを乾かす。ほかの人と一緒に昼食に行きそびれてしまったので、散歩がてら1人で外出。駅のほうへ歩くとまた雨が降ってきた。

N10沿いにちょっとしたショッピングエリアがあり、オートバックスや日本食のお店、インテリアのお店(?)などがあった。その中に「Quick」というファストフード店があり、そこなら言葉が通じなくてもメニューを指差しで注文できそうだったので入ってみる。


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しかしカウンター上には、日本のファストフード店にあるようなメニューのシートがなかった。カウンター背後の上部のパネルにセットメニューの写真があったので、それを指差しながらカタコトの英語で「あれが欲しい」と注文する。幸いカウンターのお姉さんは英語が喋れたのだが、外国人の発音はよく聞き取れないし、「which sand?」(どちらのサンドですか?)とか聞かれてもそもそもどんな種類があるのかわからない。しばらく問答を繰り返し、結局お姉さんが気を利かせて「chicken or cheese?」とか「Coca-Cola or water?」と二者択一で聞いてくれたのでなんとか注文することができた。ふう~。


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焦げ目のついたサンドイッチ(後から調べるとパニーニ、パニーノというものだろうか)、サラダ、ヨーグルト、コーラで7.2ユーロ。これがアメリカなんかだと大変な量が出てくるのかもしれないが、常識的な量で味もおいしかった。まあファストフード店ということもあるが、フランスの食べ物が日本人の口に合わない心配は全然ないな。

ホテルへ戻り、ナンバープレートを取り付けてから部屋へ戻る。


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天気は激しい雨が降ったりやんだり。昨日の試走では人に任せっきりで道もキューシートの読み方もよくわからなかったので、もう一度走っておきたいと思っていたのだが、この天気ではあきらめることにした。

夕食までの時間、風呂に入り、荷物の整理をしたり資料を読んだりして時間をつぶす。PBPには紙幣300ユーロ+硬貨11.48ユーロを持っていくことにした(約5万円)。さらに万一お金を落としたときのため、ドロップバッグの中にも100ユーロを入れておく。これだけあれば困ることはないだろう。

この日の夕食はスペアリブ、パスタなど。キャラメル味のプディング(?)のデザートがおいしかった。フランスに来てからかなりたくさん食べているので太ったのではないかと思うが、明日からの超ハードな走行を考えればまあいいか。でもアップダウンの多い道を走るのだから、あまり体を重くはできないぞ。

部屋へ戻り、地図を一応下見する。といっても80万分の1の地図では縮尺が大きすぎて(小さすぎて、か?)、PBPで走る道は載っていない。もし道に迷ったらどうなるか・・・正しい道に復帰できるのだろうか。

22時過ぎに就寝。

(4)につづく・・・

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