陽風を感じて

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死、というもの

2011 04/26
(火)

今朝のニュースで、田中好子さんが亡くなる3週間前に録音したという声を聴いた。

生気のないその声に、大変ショックを受けた。これから死ぬ人の声はこういう声なのか、と。

自分は40歳くらいから人生の折り返し地点を過ぎたことを否応なしに意識して、「残された人生」について考え始めた。でも、いくら先のことを考えて備えても、55歳で死んじまったらライフプランも何もあったもんじゃない。55歳で死ぬのはあまりに早すぎる。

震災で突然にして何万という人が亡くなったばかりだし、「いつ死んでもおかしくない」ということを理屈ではなく実感として、今回の震災で感じた人が多いのではないだろうか。達観というより諦観、諦めに似た感じ。

これを機に奮起するのか、それとも「どうせ死ぬんだから何をやっても無駄だ」と投げやりになってしまうのか。それが日本の・・・なんて他人事じゃなくて、自分自身の運命の分かれ道なんだろうな。

日本がこのまま沈んでしまうのも困るし、でもこれだけ多くの人が死んだのだから、しばらくは喪に服する期間があってもいいのではとも思う。でも客が来なくて旅館がつぶれたなんていうニュースも聞きたくない。

なんにしろ、本当に取り返しのつかないことが起きてしまったものだ。

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